ドラムセットからタムをひとつ外した日の話

あの子の時は止まっている。追い求めること、忘れたくないこと、認めたくないこと。そのどれもが縛るのだと思う。酒も煙草もなければ、俺はそんな時間を生きていけるのだろうか。今の俺は死にたくなんてない、世界はそれほど嫌なものでないし、愛する人がたくさんいる。規則はひとつだけで、愛する人を裏切らないと言う、ただそれだけのことだ。俺は、自己の美しくあることを願うために、愛する人々の美しくあることをも願う。止まった時をうごめく彼女は、どうにもあの日見た黒い塊を思い出させる。カーテンの裏、天井の隅、ベッドの下から現れて、俺をじっと見ている。それは直接に俺を殺さない。それは何も言わず、何も示さない。ただ、俺を見ている。俺がどうするのかだけを、ただひたすらに監視している。まいっていた、俺はその日、非常に悪くあった。恐ろしくて仕方なかった。ベランダに出れば鋭い釘のような風が流れていた。町明かりさえも俺を監視している心持であった。煙草の味を知らなかった。酒を美味く飲むことも知らなかった。そうして、何月かが過ぎた。どろどろの塊と付き合い続け、ある夜のことである。俺は、それらを、愛することにした、慈しむことにした。そうすると、黒い塊は静かに言った、ああ、そんなものか、と。きっとあれは、俺に憎むことを望んでいたのだと思う。愛する人を憎み、愛するもののために他の全てを憎むことを。黒い塊は悪口と嘲笑を愛するのだ。低音質の音源と安いヘッドホンの組み合わせで、シャリシャリとした音が耳元、響いた。世界一格好いいギターソロも、シャリシャリと消えていった。角ばった安寧であった。実に居心地が悪かった。けれど、それから生きていくことは、どうにも悪くないように思われた。


きっと壊れてしまってから夢を見るように、とあの人は言った。あの人にとって、寂寞の情とともに見る夢は、何とも取り替えられないくらい愛するものだったのだと思う。けれど今、今、今、今まさに、僕は破壊を望む。破壊の美を求める! 破壊に意味を求めない、再生に意義を見出さない、再構築さえも放棄する。純粋なる破壊。純粋なものは美しい。純粋なものこそ芸術足りうるのだと思う。一度、全てを壊してしまいたい。愛するもの、守りたいもの、大事なもの。目に映るものを全て壊してからはじまるもの、それに興味を抱くわけではない。壊れた様が見たい。ただ無様に横たわるのか、それとも俺に嫌悪の目を向けるのか、あるいはそれでも愛を持っているのか。その様が。だが、俺に壊す権利のあるものなど、何ひとつだってないだろう。だから、俺は、俺の作ったものを、ただ破壊してやるまでだ。誰にも邪魔されずに作ったものを、誰にも邪魔されずに破壊する。その美しさが見たい。俺のものを俺以外の誰にも壊されるものか、俺が壊すのだ。モッズキッズが全てを取り払い、ただ動くだけとなったスクータを愛したように。


フィルタの焼けるにおいがした。炸裂させなければいけない気がした。絶望は見当たらなかったが、焦燥感があった。