愛すべき欲望に捧ぐ

何もかもが消えていった。中途のまま、志半ばで死んでいった。愛を探して気づけばなくしていた、なくすこと、それを思い出すこと、そんなひとつひとつが必要なんだ、と僕はつぶやく。あの人の影が、僕に必死さを求める。あの人は隣になんていないのに、それでも、僕に走れ走れとせかしている。散歩に出かけて、あまりの寒さにいくらも行かないうちに部屋に戻る。散歩のための散歩。思索などする必要はない、もちろん詩作も。いまだ死ぬことを知らず、生きることを理解できない。足掻く余地は残されている。考えねばならないことはまるで想定外の雪のようで、降りゆく様は優雅でも、降り積もれば足をすくい、数時間後には泥水となる。誰もが変わらずにはいられないというのに、僕はいつまでここで停滞しているつもりなのだろうか。外面、かたち、あるいは存在そのもの、変わっているのかもしれないが、僕の立つステージはずっと同じでいる。
この地にはいまだ雪は降らず、吐き出す紫煙は冷たい風に消えていく。冷気が鼻腔を刺激して、あの日あの子と、綺麗な飾りを見た夜を思い出す。酷くいやな感じがした。光は、笑顔は、とても美しくて、思い出すと何故だかいやな感じだ。誰が、何が、こんな気持ちを連れてきたのだろう。ずっと泣いた後に、笑顔を上手く添えられれば、それでいいのだと思う。抱き合って、やわらかくて、あたたかくて、くすぐったくて、性的なことを少しだけ思って、それでも大事すぎて壊せずに、僕はもう、それで良い。それで良いんだって、今は思えるのに、何故だかいやな感じだ。思い出になってしまったから、現実との乖離が大きすぎて、だからいやなのかもしれない。
いやになって、ビールを飲んでいる。熱燗か焼酎のお湯割りでもしたい気温だが、ただゆっくりとした酔いを求めている。宵の空に月は浮かんでいるだろうか、確かめることさえせずに紫煙を燻らす。


ねえ、あの人のこと、あいつは好きなんだろうけれど、きっと君の思いはかないそうにないよ。それを知っている僕はどうすればいいんだろう。僕はもう、何時間もしないうちに屑人間になっちまいそうだよ。僕はもう、駄目になっちまいそうだよ。あの子のキスでも目覚めないのさ、魔法はずっとかかったままなんだ。
さて、飲みなおし。