脳と堵と

才能と努力と、きっとぼくにはそのどちらもないと笑いながら、きっとおれにはどちらかは得られるのだと、そうやって確信していた。
いやあ、あの馬鹿どもにはわかるまい、ぼくの才能は! どだいあのクズどもには理解できまい、おれのこの努力は!
それがどうだ? それがどうだい?
何もなせず、何も積み上げることすらできない。誰も君の後ろを歩かないよ。やけにうるさい夜が言う。苦しい苦しい、と臓腑が喚いている。心臓は、文句を言わず正確に(時々早くなるが!)動いている。心は止まったままで、動かない、なんて、思っていたが、ただただ嫉妬だけが! 嫉妬! 妬み! 妬み! アハハ、そんなくだらない感情、張りぼての仮面が笑う。思想は、脳を焼きつくす。
おれという才能は、ぼくという努力は、色づけしたらいくらか、あっちとこっちとで、簡単に色分けできるはずだったのだが、きっと混ざり合った私の部分で、銀鼠色に表現される。あの子の手首の横の尖った骨のような、あの子の足の親指の、裏側の少し白くなったところのような、そんな純粋な部分で、今更に実感する。かわいらしいね?
忘れてしまった! 君の内臓の感触も。
忘れてしまった! 君の皮膚の(刃物が通る)音も。
忘れてしまった! 君の目玉の! 表面の! 舌で感じる平熱も!
怖いのは、渇望を失うことだ。
怖いのは、飢えを感じなくなることだ(それは、腹いっぱい食べられるようになったから? それとも飽食に麻痺してしまったから?)。
いつでもおれが恐れていたのは、怒りと絶望が無くなることだった。怒りと絶望はなくならないのに、それを表現する衝動が失われることだった。衝動があるのに、創作する意義が失われることだった。
本当にぼくが怖いのは、技術的な、修辞的なあれこれが稚拙になるより、私が思うすべてのことを、(それが例え性欲であっても)文字で表せなくなること。前頭葉の脱力と、性器の疲弊を肉体が感じてしまうこと。そして、誰しもから忘れ去られること。
ああ、誰よりも平穏でいたい。
ああ、誰よりも争いのない私でいたい。
ああ、だけれども、誰よりも、誰よりも、おれが苦しみ、おれが憎み、おれが絶望した、この気持ちを踏みにじって欲しくない。簡単に理解した格好をとって欲しくない。
ねえ、わかってるさ。ぼくの信じた現実など、(実際は)奴らの用意した破滅にすぎなかった。ぼくが信じた絶望を! ぼくが許した後悔を! 誰の手柄にしてなるものか!
私が、私であった軌跡を。ドロドロと、コオルタアルの流るように、焼けた臭い、陽炎、黒色の揺らぎ。これまでに、無駄にしてきた感情の行き場が、沸々とそこにある。