茶色

甘さだけが欲しくて、苦味はいらないの。

『ね、チョコいる?』
 携帯鳴って視界が揺れる。俺の愛していた、そして俺を愛してくれていた人からの言葉は、今では奇妙に色あせてうつる。偽善か、慰みか、あるいは、嘲笑にも取れる。単なる話、俺は卑屈だ。少しでも優しくされれば勘違いしちまうから、触れ合い自体も拒否したがる。
 そもそも、ね、ってなんだ。干支でいうと鼠か。鼠、あぁ、呼びかけ、つまり鼠は俺のことか。俺は鼠レベルだ。チーズをたらふく食う。猫に捕まらない鼠はジェリー以外いない。昔話。俺の目の前で、二度ほど、茶トラがハムスター咥えて行った。子供の頃の俺は、今に輪をかけて、あまりにも学習ということをしなかった。ようやく二度目にして、猫が鼠を食うことを覚えた。反復練習が大事だという教訓。


 俺、女なんかに興味ねーっての。何年か前、誰かが言っていた。俺も言ってたかもしれない。だけど誰が聞いたって強がりだったろ。あの頃僕らは、きっと地球上の誰よりも、純粋に、セックスがしたかった。えろいことがいっぱいしたかった。わからないこともたくさん知りたかった。わけもわからずに、ただがむしゃらに、やれれば誰とでも良いだとか、そんなのだったよ。
 きっと、この子は俺の愛した頃と何も変わってなくて、それで、俺はあの子に愛された頃と全く変わっちまったから、こんなに自分を矮小に思うのか。それとも、俺は何も変わってなくて、あの子が意地悪くなっちまったから、こんなにあの子を嫌悪するのか。順列組み合わせだ、後二つ。俺もあの子も変わってしまっているのだとしたら、時間とは酷く恐ろしいものだ。時は全てを解決するというがね、忘れちまうだけだよ。記憶が思い出になって、あの日の汚らしさは夜の風景として昇華される。
 俺もあの子も変わっていないのだとしたら、俺はこの日を憎むよ。


 あぁ。


『ね、チョコいる?』
 黙れビッチが。


携帯電話投げても、メールは消えないよ。