SATEHATE

ここら最近の禁欲のせいか、はたまた、取り付かれちまってでもいるのか、同じ女の子の、それも酷く性的な夢を続けて見る。夢うつつに精をやることはないが、覚醒してもなお、その子の顔を思い出そうとしてばかりいる。目の前を見ていろと常日頃から自分に言い聞かせてきたつもりであったが、未だに夢に恋をするほどの根無し草なのかもわからぬ。

 ヤギモトさん、と誰かが呼びかけた。眼鏡の彼女は、一言二言、口をもぐもぐと動かして振り返った。長い黒髪のふわりと揺れるが心地よかった。柳本だか八木本だか八木元だか、字面なんぞどうだってかまわない。言葉の響きが、空気揺らすその振動が、どうにも僕の切望している物に感じられて、考えることさえかなわなかった。
 酷く渇望していた。
 僕は彼女を望んでいる。
 セックスがしたい。


 酸素の過剰摂取と共に汗だくで目が覚める。こんなにも苦しいというのに、息をしたいと欲しているというのに、必要なのは袋を口に当てること、呼吸を放棄するということ。右手のしびれが収まってから、鮮明に脳に流れたものの残骸を思い返す。落ち着いて思い返しみれば、何のことはない。ただの淫夢にほかならぬのだ。幻も幻、夢のまた夢。
 けれど、今俺が欲しているものはそれ以外にない。彼女以外にない。理想と理想と理想と理想と理想と理想と理想と、後はほんの一握り、現実の描写がつけくわえられてできている。人形のようだ、と人を形容するのが許されているのなら、彼女のことは、人間のようだ、と表現しよう。きっと彼女は僕の望む人間そのものであるから、僕は彼女以外要らない。何もかもは全て無為だ。全ては彼女にたどり着くためにある。彼女と比べれば、損得も愛も憎しみも平和も戦争も音楽も絵画も何の意味があろうか。


ところでね、いかに考えたとて、何故ヤギモトなのかはわからない。そんな苗字の人間を僕は知らないのだ。ね、あなた、ヤギモトさんですか? そうならば連絡ください。
夢はいくらでも都合が良いから、もう寝るしかない。ここで不必要な知識、コタツみたいにやたらと暖かい場所で眠ると淫夢を見やすい様だよ、実体験として。