裸足で行かざるを得ない

面白いか面白くねーかって言ったらよ、面白くねーんだわ、と彼は言った。彼はきっと迷ってしまった。彼は僕には難しかった。彼の言うことの大半は僕には理解できないことだったし、理解できたとしても到底納得のできる代物ではなかった。彼は管を巻く、生きることは難しいよと繰り返す。素面の時には殺したって死なないような彼は、酒にまみれて終わる。白黒の映画を見ながら、彼は、わけがわからねえ、と呟いた。ずっと好きだったものがどうでもよくなって、どうでもいいものはそのまんまだ、なんて。酒さえのめれば幸せなのヨ、そいつに煙草さえ、ネエ、自棄になるタイミングさえ掴めればヨ、そいつは幸せなことなのサ。まァた俺ァ昼間っから飲んでるンだ、酔ってんのはお前と会ったときからだけンどね。話し言葉にカタカナが混じるようになってから、彼は駄目になる。ふと、素面みたいな顔をして、事実それまでの彼の顔は酔っ払いのソレだったのだけれど、そのときだけは素面みたいで、誰からも嫌われたくないんだ、と呟いた。僕がどう答えたか、それを僕は覚えていないが、彼はその後にもう一度、今度はやたらに大きな声で、誰からも嫌われたくないんだ、とがなった。それで、彼は吐くために便所に行った。
綺麗さも華麗さは元より、誠実さなんてものはそこにはないのであった。


日々は過ぎ行く。体から出た蔦に無頓着でいるままに、それを指差され、笑われることに気づかずにいるままに、木になれればいいと願う。感情以上に大事なものを見つけるのにあと何年要するのだろうか。俺はあと何年生きるつもりなのだろうか。そもそも、生きるということを、俺の進む時間の中で、どれほど得られるのだろうか。それを考えるたびに寒気がする。わけのわからぬ恐怖が俺を捕まえようとする、忘れようとするうちに、俺は信念を忘れていった。なに、簡単なことであった。恐怖とは信念のあまりの眩しさに生まれた影であった。俺はいつだって影におびえていた。


気づけば裸足で彼が外に出ようとしていた。僕は問う、どこに行くんですか? 彼は答える、裸足じゃないといけないところさ。今度は誰を殴りに行くんですか、と僕は笑う。彼は、そいつァ俺さ、とだけ。鈍い痛みは一瞬では消えなかった。