日和見主義

ねえ、月の見えないこんな夜には、あの人に会わなければいけない気持ちになるの。一人でいるのに耐えられないなんてことは、なかったはずなのに、俺は今、ふつふつと湧き上がる感情に流されたくている。酒を飲みたくている。素面でいられない。酒だ、酒を持ってきておくれよ。管を巻いて、それからわけのわからなくて、糞ッタレ、わけのわからなくなりたいんだ。酒を飲まずには、いられなくなった。こんな夜は何度かあった。けれど、こんなにも、酒を飲んでさえ、胸のつかえが取れないのは、いったいどうしたことか。素面でやらねばならない、ストイックにやらねばならない、それも誰かの屍の上に安住する方法論であってはいけない。そのはずなのに、俺は壁の前で泥酔し、壁を壊すことを放棄して、眠る。逃げたくている。昼間を壁の前で過ごし、日が落ちてからは壁の前で眠る。逃げ出したとて、壁の内側、ずっと内側に戻るだけだ。逃げ場がどこにあるのか。
俺は、逃げ場を探していたのか? 俺は俺の死に場所を探していたはずだ。死に場所は、逃げた先であってもよい、けれど、逃げるならば逃げ切らねばならない。志半ばで死ぬくらいならば、俺は中途半端のままに生きていくよ。服がぼろだって俺は気にしないでいたはずなのに、今の俺といえば見た目を取り繕うことばかり考えている。俺は、ただ俺の尊敬する人に、語られたくている。理論はいらぬ、答えが欲しい。道は要らぬ、終着駅が欲しい。


全部ぶちまけて、楽になりたい。思想はいらない。思考はいらない。視界に入る四季、私見の入る死期。自分からは何も言わず、言葉を全てまかせてしまうのも、もはや一興か。俺は、疲れてしまった。俺は、日和ってしまった。戻れそうだと笑って言った、その俺は、きっと殻の外だ。壊した分だけなくしたのさ。捨てた分だけ見つけたのに、壊した分は戻ってこない。僕はそれが怖くなった。愛しているよ、と言わねば嘘になる。けれども、言えば言うほど齟齬は加速する。さアて、ねエ、日和見主義の厭世者は、もう終わりにしないかい。


あんたが自信のない顔をしているのは、弱く思われるほうが楽だからなんて、そんな負け犬根性かい。あんたが他人を威嚇するのは、殺されたくないだけなんだろうよ。知ってるさ、とあんたは言う。あんたは反論をも放棄して、卑屈に迎合することで身を守ろうとする。僕はもう、どうだってよくなった。理想を語ることができなくなった。僕は、あんたを殺しに行くよ。あんたってのは、俺のことさ。