鉄の頭に木の身体

あの子を犯して、それから僕はどうするっていうんだろう。ぼんやりと笑っている。それは、償いと呼ぶべきものになるのだろうか。その後、遺書に、僕を忘れてくれと書くか、僕を忘れてくれるなと書くか、それさえもわからないというのに。鉄の鼠が俺の足指を齧っている。爪がゆっくりと引き剥がされていく。僕は黙ってそれを見ている。痛みがゆっくりとやってきて、脳に響き渡り、警告音が頭蓋に響く。ギターの音がどこか遠くで鳴っている、西のほうだと思う、それは、俺の愛した町から聞こえるのだと思う。血が流れていく。あの子の手首から、また指先から、喉から、目玉から。明日死ぬことになったら、僕は誰に会いに行こう。犯したいあの子を、それから? 喉を殺す煙を吐いて、ゴミだらけのベランダに立っている。声が出ずに消えていく。頭の中何もなくなって、それでも痛みだけ残るのなら、歌いたくなんてない。みんな幸せになるために歌っている。あの日あの人が死んでいれば、何か変わったのかもしれないが、そんなことなんて考えたくないから、俺は満ち足りたまま生きのばしている。
手拍子が聞こえる。壊れたくている。絶望はすぐ先に見えて、音のするほうへはなだらかな坂が続いている。坂の向こうには、鉄の鼠が大群で。その先の夕日が見たいのに、俺の足は止まっている。殺せ殺せ。蹴散らしていけ。そうして俺は傷だらけ、肉がぼろぼろ崩れていく。手首からのぞく白いものはきっと骨だろう。脳がこぼれていく。慌てて拾ってつめなおして、ぐちゃぐちゃの頭から妄想暴言垂れ流して、膝から上だけで歩いていく。手拍子が聞こえる。やわらかな音だ。あの子のじゃない。あの人のじゃない。誰のものだろう。夕暮れ空か? あの空は夕暮れなのか、それとも朝焼けなのか。なにもわからず、歩いてきた道が昼間なのか夜なのか、それさえも覚えていない。


何故こんな日に、こんな悲しい夜なのに、涙は出ないのか。酒が足りないのか。ああ。日本酒を舐めながら考えている。じっと待っているだけが、こんなにも破壊的だとは、破滅的だとは思わなかった。何か生まれるのか。アウトしろ。既成のスケールをぶち壊せ。声が聞こえる。手拍子と同じ音色で、声が聞こえる。焦燥感、つのる。爆音で鳴らしてやらねばならない。あの子の声を、とにかく爆音で鳴らしてやらねばならない。聞かせる相手などいない。あいつはきっとわかるだろう、けれど、あいつに理解なんてされたくない。俺とあの子の大事なことは誰にも知られたくない。けれど、聞こえた声も、あの子のものでもないのだった。それでもいいのだった。気づけば秋が訪れようとしていた。悲しくて俺は日本酒をあおっている。それだけであった。