花に嵐のたとえもあるさ

誰を救うこともできないのだ。できはしないのだ。言わせてもらう、そんなことは不可能だったのだ。俺は、俺の理想になりたかった。他人として自分が存在しているとして、例えばともに夜をすごしたとして、その存在に敬意を持てるような、ね、そういう人間存在でありたかった。だがもう駄目だ。俺は聖人君子ではいられない。どろりと流れる得体の知れない感情、それは錆付いた鉄のような色で、僕は悲しくなってしまうのだ。なんて脆弱な意思なのだろう。なんて矮小な信念なのだろう。俺は、君の一番深いところに干渉することができないのを知っている。だけれど、君がその深いところに、君自身が到達するために、なにかお話をしてあげることはできると思っていたのだ。幻想であった。全ては幻、夏の前の嘘であった。立ち上る陽炎のようだ、向こう側に透けて見えた景色は美しかったけれど、冷えてしまえば現実に変わってしまうのだ。あぁ、愛情よ、希望よ、真理よ、君のもとに集まってくれ。この何気ない夜よ、あの子を殺さないでくれ。俺のちっぽけな言葉では何を変えることもかなわなかった! ただ、願わずにはいられない。へ、御人好し、あの人があの地のかなたで俺を睨む、それから、笑ってくれる。俺はあの人がどんな顔をしても、きっと笑ってくれると信じていた。そして、それはいつだって本当のこととなった。俺は、あの人のようにはなれない。
世界がたまらなく嫌だ、ってね、もうどうにもいられない、ってね。君はそんなことを言うけれど、君がそういうなら俺だって嫌さ。


ちっとも覚えちゃいないんだ。ひとつかふたつしか思い出せない。珍しくね、何もかもわからなくなった。嘔吐することが苦でなくなるくらい、そんな夜であった。あいつとあいつが、俺の意味のわからぬたわ言を聞いてくれたのを、俺は、それだけを、覚えている。


サヨナラ、昨日の君よ。サヨナラ、酒狂いの俺よ。サヨナラ、利己主義のあんたよ。みんなみんな別れを告げるんだ。さよならだけが人生だ。