SHIGARAMI
事あるごとに悲しくなっちまうんだな。これもまた一興か。最後というわけではない。終わりの終わり、はじまりのはじまり、この町は良い町だ、もう少しくらい過ごすのも悪くは無い。ストレート・ノー・チェイサーで行こう。落ちる涙に構うものか。
身を売って生きる以外に無いのだと悟った。さあお立会いお立会い、ここに取り出だしたる犬人間、そこらにいる犬とも人間とも違う。俺はいつだって屑のようだし(それこそ、しばしば泥のようになる)、しかし、それでも愛を叫ぶことのできる。最初から死にたい夜なんて無い、生きたかったからだ、渇望したからだ。思い出せ。文字を打つことにすがるしかなかった時間を、でたらめな歌を唸るしかなかった時間を、そして、愛する人を愛した時間を。切望していない。俺は乾いていると思わねばならない。満ち足りること、全てが平穏無事だと思うこと、安定するためには必要なことだが、全てをその居心地のよさに任せていては駄目だ。欲しないといけない。欲望を欲望する。愛することを欲し、愛されることを欲し、生きることを欲し、死ぬことを欲し、書くことを、歌うことを、欲す。俺は、どうやら、自己完結してしまう類の人間性も持ち合わせているらしい。堂々巡りに夏の虫のように飛び込むのはやめるんだ。身を売って生きる以外に無い。磨り減らすことで何かを得るしかない。壊れる直前にこそ、真実の愛を掴む権利が生まれる、愛こそ俺が叫ばねばならぬことだ。
――音が聞こえる。
僕は首を傾げた。まるっきり理解ができない。
地面を踏む音、関節の鳴る音、風の音、僕と周りとだけの音、そんなものはこれまでも飽きるほど聞いてきたけれど、これは、これまでに聞いたことのない音だ。
ひゅぅるり、ひゅ、鳴る。
「あぁ…………」
僕の喉から無意識に声が漏れる。
これは音じゃない。
これは、音楽だ。
ひゅぅるり、ひゅ、鳴る。
気づけば、僕は走り出していた。
風を切り、地を蹴る。ぐんぐんと加速していく。空中にいる間の意識は地を蹴ることだけに向けられ、地を蹴る瞬間の意識は空へと向かっている。たん、たん、たん、たん、たん、たん、足音の優雅に響くのだけを鋭敏に感じ取る。
脳髄がかき乱されるような感覚。混乱する。冷静に思考ができない。
興奮している。
僕は興奮している。
確かに、音楽に、近づいている。
確かに、興奮している。
石の塊の間をひた走る。広がるのはまるっきり同じ風景だったが、いっそう心躍った。
体がビクリと反応した。僕は急激に速度を落とす。腕が震える。石の壁が続く中、右を向く。
目の前にあったのは壁に囲まれた細い路地。
はやる気持ちを抑えながら、確実に一歩一歩、進んでいく。
ひゅぅるり、ひゅ、鳴る。
暗い道。
突き当たりにあったのはドア。家か、部屋か、斜めに傾いてしまっていたが、しっかりと本来の様相を呈していた。僕はノブに手をかけ、ひねる。
精一杯元気に問いかける。
「あの!」
瞬間、意識を失った。
急激に色を失う世界の中で、間の抜けた音が響くのが聞こえた。
昔よく聞いた音だった。
馬鹿みたいに美しいあの人も、どうなっちまうかはわからないと言う。俺は寝転んで、夜を見上げている。オリオンの綺麗なはずなのに、今日はどうやら雲の内。俺は、どうにかなるぜと倒れている。