散る散る満ちる

猫を見たのね。見慣れない柄でさ、生意気な顔してるの。五分くらいかな、睨み合って、結局あっちが根負けして逃げていった。だからどうという話ではないけれど。猫に勝ったって嬉しくもないか。美人さんってわけじゃなかったけどね、何て言うかね、形のいい、猫だった。あのシルエットは良かった。


きっと、凄く好きな人がいて、好きだ好きだってさ、舌先三寸、のべつ幕なしに言っている時間ばかり好きなのかもしれない。だから手に入らないものばっかり欲しがるの。満たされることが恐ろしくて仕方がない。満たされたい、と口では言うのだ。心底思うこともあるのだ。恐ろしい夜、紫煙燻らすしかなく、安い焼酎に頼るしかなく、来るはずのないあの子を待っている夜だ、俺は満ち足りた、完結した俺を渇望する。そんな日は、ずっと夜で、申し訳ない気分なの。屑みたいな俺が満たされたいだなんて、驕りもいいところだから、申し訳なくて。
だけれども、満たされてしまうのは怖い! 弱くなってしまうのだ。俺は常に、目に付くもの全て、殺す勢いでやらねばいけない。日和見主義の厭世者、一番格好悪いじゃないか。満ちているのに満ちていないと嘆くのと、満ちていないのに満ちていると嘯くのと、どちらが危険だろうか? 俺は、そのどちらも吐き続けている。夜は終わる、けれど、またやってくる。またやってきた夜も、いつかは終わる。朝の歌を想わねばならない。
大事なのは、夜が終わる瞬間だ。朝の光に照らされて、吐く息の白く。手が震えて、立っていられなくて、それでもとてもいい気分なんだ。寒くなってきたやんね、風邪でもひいちまったのか、頭と喉の痛くている。それでも俺には冷たい風が必要なの。頭がぼんやりとしていてね、冷まさないと馬鹿になってしまいそう、いやいや、もう戻れないくらい馬鹿なんだ。頭を振ってさ、笑っちまうんだ。寒いなって、笑って。
そんでも、泣きそうな気分なんだ。まだ泣けるかな。誰のために泣いてんのかな。泣いて笑ってまた泣いて、朝焼け空に夢が散る。


何も生み出せずにいる。何も生み出したくない。何かを作ることに嫌悪感を抱くし、何も作れないことにも嫌悪感を抱く。