SURIKOMI

俺はキチガイじゃねぇ、とかさ、本当のキチガイこそそう言うもんだ。
だけれど、俺は弱いだとかさ、俺は何もできねぇだとかさ、嘘でも言った瞬間に本当になってしまう。嘘をついてるうちに自分でも何だかわけがわからなくなって、気づけば見知らぬ森の中。森自体は知っているのだ。森ということは知っている。ここという場所も、地図の中では思い描くことができる。木がたくさんあって、土の匂いがして、知っているのだ。けれどそこは見たことのない場所だ。どこまで行っても見たことがない。惑う。そいつは、知らないということだ。俺はいつだって気づけば知らない場所にいる。いつも寒くて、いつも暗くて、そうだのに、おぉ怖い、知らないということ、一番怖いことだ。
思い込んでしまえば、それは本当になる。これは別に前向きな言葉じゃないよ。


悩んでいる振りをしてまで人の気を引こうと、君は、愛すべき君は、そんなに腐った馬鹿じゃないだろ? 俺は知ってんだ、君の聡明さも何もかんも。君の選ぶ道はいつだって正しい。過大評価ではないだろう。夜が寒いのだとか、一人は恐ろしいのだとか、人間は美しいのだとか、それを知っていることが素晴らしいのだ。その他のよ、生きるだ死ぬだ、くだらないじゃありませんか。世の中には楽しいことなどひとつもないのだ、そんなこと昔から知ってただろう。騙されてることにも気づいてただろう。だからこそ、騙されて踊ることの楽しさも知っているだろう。踊らなきゃ仕方ないもんな。


上辺だけの関係、偽善には吐きそうになる。けれど、俺はそれを行使せねばならぬのかもわからん。偽善だの偽悪だの、そんなものは俺の得意とするところで、やってやるさ、とでも一度思ってしまえば俺は最大限そいつを振り上げて、振り回してやれるのだ。目の前の人間全てに笑いかけて、目の前の人間全てに肯いて、目の前の人間全てに曖昧に。嫌だ、そんなのは嫌だ、あぁ、嫌なのです。素直に言いましょう、吐きそうなのです。そんなことをする人間は屑だ、馬鹿者だと思う。だが、これは全くもって嘘なんかじゃない、俺が本気になってしまえば、その考えさえも捨てちまえるのだ。自分を騙して踊るって奴だ。馬鹿馬鹿しい。
君はあれかい? 愛している人が誰かを憎むのなら、一緒に憎んであげるような人間かい? 俺はそんな輩をもっとも苦手とするし、自分がそうなるのを最も望まない。全部誰かに決めてもらって、それで良いと思っちまう人間かい。その癖自分では個性があるだのなんだの思ってるのかい? 自分の意見が出せないなんて胸に秘めてるのかい?
思えば思うほどに俺のことじゃねぇか。俺が最大限憎むのは、一周まわって俺だけだ。他への怒りなどたいしたことがあるものか、一蹴されてしまうほどのとるにたらぬ怒りじゃないか。


俺の物差しはどこへ行っちまったのか、心から笑っている風をよそおっては探し続けている。