なんて

わざと格好悪くする必要はないけど、格好良くする事を前提に組み立ててしまうと、全てがダメになるんじゃないか(それは僕自身にある、本質的な格好の悪さに起因するものだろうけど)。結局、素晴らしいところへたどり着く間もないのなら、目指さないほうがましだなんていうこと、それさえもだけど、それに反抗する意思、なんてまるでありきたりだ。もしかしてそんなものを貴方がまだ格好良く思ってるんなら、それは限りなくくだらないレジスタンス、見ていて恥ずかしく、なるわけです。
つまり、僕は貴方に僕以上のセンスと知性、それに少しのスパイスを望んだ! 理想が高いんだ、僕は。そう呟く声も、どこかしらじらしくて、理由なんていうものにはまるで届かなくて、ただただ、恥じた。僕に残されたことは、貴方が「おはよう」とでもなんでも言ってくれるまで、眠りにつくしかないのだ。でも貴方にさえも僕は、その少しのものだけ、を望むこと、恐れて、もっと大きなもの、貴方自身だとか、むしろ、貴方からつながるたくさんの数え切れないライン! そんなものをたぐりよせて、ポケットにしまおうとしていたのだ。
もちろん僕のポケットはそんなに大きくない、なんてことは言いたくないのだ。自分、過信すること、まだいけると思うこと、時には必要で。だけれども、今のは違うのだ、それはわかっている、自分を肯定するためだけの言葉ならくだらないから捨てちまえ、他人には何度も吐いてきたの言葉なのに、自分に対しては使えないのだ、怖い、結果を見るのが、そう思って、結果を出さないでいる。嘘だ、嘘だ、出せないだけだ。自分の肯定、過剰すぎて、いつもいやになる。それは貴方へのラブで救われるのだ、という妄想、抱えて、殴られる時間も、むしろ殴りつける時間さえも惜しくて、壁にはった写真はがしながらも、写真たてのお気に入りはどうしよう、あれは凄くいい笑顔なんだ、と思って、未練がましく、貴方のそばにいるのだ。
貴方を否定したがって、貴方を否定して、それでも僕を肯定してくれる貴方のそばにいつまでもいたいと願っていたのに、それはただ自己満足、違う、自己中心的な人格、暴露するだけの結果となった。今聴いている音楽、貴方にも聞かせてやりたいのだ。笑って、あぁ、いいね、そう呟いてくれる、貴方の横顔だけを望むのだ。
自己中心的でうんざりする自分を、もう少し否定してやろうと、思うのだけれど、僕が他人と違うなんてことを否定する理由、探し当てるということ、するのだけれど。それは自分をいじめること、なので陶酔的な感情、抱かせるだけなのだ。貴方に、貴方に否定されたいんだ僕は! それを望むのだ。そうすれば何か変わる気がする。はい、今貴方に全てを押し付けた。僕が変化することさえも、貴方に押し付けて、僕はどこへ行こうというのだろう、いや、ここにとどまって何をするつもりなんだろう? 何も出来ないからここにいるはずなのに。
いつまでも、この格好つけの恥ずかしい姿で、貴方を待っている。一言、声をかけてくれたなら、僕は立ち上がって「うっせー馬鹿」とでも、恥ずかしげに、呟いて見せてから、それを後悔する時間、味わって、また貴方の元へ、四歩くらい進むのだ。