幸せ中毒

幸せになるのだと信じている。俺と、あの子と、美しい人々と、皆が皆、幸せになるのだと信じているのだ。誰も幸せにならないで、夜が怖いのだとあいつが言って、どうでもいい時間ばかり流れて、くだらない言葉だけが行き交って、悲しい、そんなのは嫌なんだ。悲しいのはいけないよ、悲しいばかりで誰が幸せになるって言うんだ、性も欲望も悲しいばかり、愛と恋はどうなのだろうね、喜劇か悲劇か、情熱とその行き場は。
夕日が心を和ませても、そのうち夜の暗闇が何もかも包み込んでしまうの。叫んでいたいの。何もわかんないよ。美しいものなんて壊れてしまう。あの人が、あの愛しい声の人が、昔のことなんて忘れちゃったなんて言うのもそのせいかな。僕の名を呼んで、そんな夜だったんだ、美しかったな、だから壊れちまったのかな。何かを捨てて何かを手に入れるんじゃないよ。手に入れたものから順々に捨てていって、頭の中には何も残っていなくて、だから何かが欲しくて、手に入ったらうっとおしい、捨てて、だからそんななんだ。
猫が死んでいた。子猫だった。車だろうか。僕はそれを横目で見て、自転車で、曲がり角で、内臓が出ていて、悲しいだなんて思って、汚らしいだなんて思って、僕は偽善者だ。だからどうだという話ではない、これはここまで。貴女なら埋めてやったのだろうね、僕はそうしなかった、それだけの話だよ。恥じることもない。僕はそれだ。
悲しいな。ぼくがそうだというのは悲しいことだな。定期を拾った。届けて、それは女の子ので、だからどうしたという話ではないよ。それだけの話だ。
悲しいな。
悲しいからといって、何をするでないよ。悲しいから、悲しいからと、頭抱えて夜を過ごすのか? それこそ偽善そのものじゃないか。それが一番悲しいよ。


この日のために生まれたなんて、そんな夜ばかり過ごしたいんだな。どだい無理な話さ。格好良くなれないから、かっこつけが嫌いなのか。宗教のような奴をやれればなと思う。やってしまう以上は同じ場所に立って同じものを見ないと意味が無いと思うのだ。思い込んでぶっ飛ばして、頭どれだけ狂っても、幸せになるような。
愛されることに関しては子供も同じなのだと思う。悲しむこともまた然り。あぁ、悲しいな。