バグxバグxバグ

俺が終わってしまうのだとすれば、こういう時なのだろう。人間は恐ろしい。
ようやく今日の昼になって言葉を得た。俺は猿から人に進化した。人類の歴史をこの三日でなぞっているのだ、凄いことではないか。まず道具が使えなくなっていた。きょうびカラスでも道具を使うって言うじゃないか、ということは昨日一昨日の俺は鳥類以下だった、いや、未満か。昔、水道の蛇口をどちらにひねればいいかさえ忘れたことがある、とか、そんな話はしたのかね? 知らなくてもいい、あなた方がそれを知る必要はない。過去自体に俺は意味を見出さない。過去が今に影響しているなら、その過去は大事だが、それは現在が大事だということに他ならないのだ。思い出だって同じことだよ、涙するだけの思い出なら必要ない。
閑話休題。少なくとも、自分の部屋、それさえも与えられた場所で勝ち取った場所ではないが、そこだけしか俺には見えなくなっていた。ドアの外はジャングルだった。違うな、部屋の中がジャングルか。文明から完全に隔絶された。窓の外には敵しかいなかった。ドアの外にはわけのわからぬものがあふれていた。わめかれてもわめきかえすだけだ。畜生未満だ。そもそも言葉がわからなかったのだ。思考が思考を拒絶する。主体が失われていくような、かといって客観のかけらさえ存在するわけではない、そもそもそんなものは持ち合わせていない。
睡眠を拒絶するというのは死を請うことと同義であるなどと、うすらぼんやり思っている、昔からだよ。眠りがないと俺は人でなくなる。眠らねばならない。眠らねばならぬ眠らねばならぬと肝に念じれば念じるほど睡魔は俺から遠のいていくものだ。知っているのに焦る。俺は全てにおいて、そう、だ。できることが一瞬でもできなくなると、焦る。焦るゆえにもっと上手くいかない。そこにいたって、ようやく俺は人の子となった。昔から子供はそんなもんだろ。それでも言葉は回復しなかった。子供は上手く言葉が使えない。俺の言葉は、俺の言葉はどこに行ったのだ、どこに消えてしまったのだ。焦り焦り、箪笥の裏も捜してみたが、そんなところにあるべくもなかった。十円玉は見つけた、箪笥の裏に確実に十円玉がある現象はどういうことなのかね? どういう意味なのかね? いつ探しても十円が出てくる気がする。何故百円ではいけないのだ、何故五百円では、いつだって十円だ。
十円の話はどうだっていい。それこそ冗談みたいなものだ。それで、ようやく今日の昼だ。『おめでとうおれはにんげんにしんかした!』。それでも、バグってるんじゃないかと頭の中がぐるぐるになった。まてよ、俺はピッピに進化するはずでは? 裏技? これ裏技? どうだっていいんだ、そんな話、冗談だ。
人類に到達して、俺ははたと気づいた。人になると人が怖い。こいつら絶対共食いをする生き物だ、絶対そうに違いない。人間は恐ろしい。
俺が人間を愛するには、それこそ人ではない何かでないといけないようだ、いや、そもそも俺が人だと思っているものが人でないのかもしれない。だったら俺は何だ。俺は人ではなかったのか。やり直すか。今度はピッピになれるか。俺は生きる、いつかのピッピを夢見て。