HANTEN

俺だけではない俺だけではない俺だけではない俺だけではないと言いつづけて何日を過ごしてきたかわからぬ。やはりそれは事実で、いいかげんもっとも過ぎる論理を俺に提供する。俺自身の背負う重みは何も変わらないが、相対的には楽な様だ。楽だ楽だと同じように言い聞かせる。
今日は誰も来なかった。俺は騙されているのか? それとも俺の勘違いか? どちらにせよ最悪は変わらないさね。驚いた、君ら、俺以上にモチベーションのないのか? それとも俺がハリキリ君なのか? どちらにせよ最悪は変わらぬ。意味がわからぬ。理解できぬ。怒ることさえ、怒鳴ることさえ、封じられた。俺は静かに、ただ呆れているだけ。俺以外に、それとともに、俺自身にはより強く。


まるごとバナナを、無言で食らう。二つ目に手をつけようとして、さすがにそれは有りえないか、無造作に手を引っ込める。けれど、夜食に残しておいているだけで、今日消化することになるのだろうから同じことだ。美味い。いくらでも食える。いくらでも食っちまうと大変だがな。


昔書いて、ずうっと放ってある小説とも呼べぬ文章群を、読み返す。

 この世にはありえないことなんてない。
 今日が訪れれば、つまり今こうやって閉じている目を開いたとたん、パニック映画でみたように恐竜がよみがえっていて街中を闊歩して通行人を頭からバリバリ食らっているかもしれないし、目の前にうそ臭い四次元空間が展開していてそこから薄っぺらなおよそ生命体かどうかわからないものがひょっこり顔をのぞかせるかもしれないし、もちろんそんな奇抜すぎることじゃなくても、どこかの国からミサイルが飛んで来るとか、軍隊が攻めてくるとか、あるいはきゅうりの価格が二十倍になっていたり、僕の妹が弟になっていたりということが、ありえないわけではない。
 ただ、そのときまで、それが起こり得なかったというだけの話である――偶然と偶然の連続だ。誰しも、そんなことを考えたことがあるんじゃないだろうか。

 けれど、そんなことを大真面目で主張するのは、とてつもなく馬鹿げているし、あまりにも時間の無駄だ。さらに言えば、奇人変人扱いされるのは目に見えている。当たり前のことは、どうしようもなく当たり前だ。代わり映えのないものは、何をしようと変わるはずがない。
 日常と言うものは、毎日きちんと日常していて、いつでも防ぐことができた異常事態が起こる。時間は秒速一秒ずつ、きっかりと進んでいく。夏はいつもどおり暑くて、空から二メートルのツララが降ってくるなんてこともない。地方ニュースは日射病で倒れる野球部員とか、どこそこで生け花展が開かれましたとか、その程度のものである。毎日毎日どこか知らない国で戦争が起こって、それでも自分のいる町は平和で。その程度だった。
 ちっとやそっとじゃ変わりはしない、日常。

『皆さん、宇宙人が、やってきました』

 十年前の話。その日常に、少しだけの変化がおきたらしい。少しばかり、ほんの少しばかり他の子よりませていた子供だった僕。その日、僕の目に飛び込んできたのは、どこかずれているような両親の表情と、お気に入りのアニメの変わりに流れているやけに騒がしいニュース番組。

 小さな僕でも耳を疑うようなことを、両親が大真面目に僕に言い聞かせているのを自覚したときは、本当に何がなんだかわからなかった。国が総出で僕ら一家を騙そうとしてるんじゃあないか――そう思ったことさえあった。けれど、現実は現実。いかにファンタジーでエキセントリックあっても、それがリアル。
 この星全体が、得体も知れぬ宇宙人の支配下に置かれた。
 あまりにもうそ臭くて、数日間は信じていなかったように思う。だって、生活はまるで変わらなかったからだ。宇宙の技術が入ってきて、生活が変わったとか、そんなことが起こったわけではない。洗濯機はいつもと同じようにぐるぐる回っているし、冷蔵庫だってそのままだ。何も変わりはしなかった。外に出ればヘンテコな形の銃を持ったタコみたいな生き物が追っかけてくるなんてこともなく、いわんや宇宙戦争になどなりはしなかった。学校もそのまんまで、最初に少し授業がなかったのと、夏休みが少し短くなったくらいだった。
 変化としては、アンテナみたいな変な施設が、そこかしこに建設されただけ。それで終わりだった。小さかった僕はただ、ロケットみたいだなぁ、と少しだけ思って、そう、それだけだった。一、二年目はごたごたしていたようだけれど、五年目くらいからは、ニュースにさえ上らなくなったらしい。そんなこんなで、どれもこれもが日常となってしまった。どうしようかなー、と思っているうちに、その疑問が日常になって、終にはそんな疑問を忘れてしまうように。
 宇宙人は、どうやら地球を守ってくれているらしい、地球がぶっ壊れそうになっているのを見かねて助けに来てくれたのだ、と。小さな僕は、両親にそう説明された。実際は両親もわかってはいなかったのだ。いや、この星の誰もが分かってなどいなかった。わからないまま、日常が再び訪れた。
 そうなのだけれど、僕は言われたとおり、宇宙人はいいやつだと、そう信じ込んだ。

 今でも、少しはそう思っている。

ここでこのテキストは終わっている。続きを書いた記憶があるのだが、それはどこかへ行ってしまったのかもしれないし、思い違いかもしれない。そんなものばっかりだ。飽きっぽいだけの男だからさ。
変化を、日常からの脱出を、求めていた。恐らくは、今も求めている。それに、一人称で書いていくのは楽なのだけれど、俺が書くとどうにも薄っぺらな文になる。三人称で書けば、力のないので視点が定まらず、ゆらゆらとする。書き続ける以外ない。読み続け、書き続け。それだけだ、きっと。飽きたらやめる。そうやってきた。