格好

「格好つけるの、やめたほうがいいよ、格好悪いから」と、格好良く彼女は言った。「似合ってないっていうか………そのままでいいのに」
その言葉は、僕にひどく切ない想いを沸き立たせるだけなのに、そんなことはちっとも考えてくれずに、彼女は言ったのだった。でもやはり、それは、僕にとって適切なアドバイスだったし、嬉しくもあった、なのに、何故こんなにもつらいのだろう? 答えはわかっているのに、わかっていないふりをして、わかっていないふりをしながらも、内心では確信していたから、やはり何かがかみ合ってなくて、どうしようもないほどにくだらない欲望を持て余していた。彼女に好かれようと思っているのも、もしかするとそのちんけな欲望のせいなのかもしれないが、そんなことを信じてしまうと僕の恋が終わってしまいそうで、むしろ僕自身が終了してしまいそうで。再起動をかけることなんてできやしないのに、それもいいな、とだけ思った。
そう、ただ僕は幼いだけなのだ、という自虐。自分をいじめることはこんなにも楽しいのだけれど、ひどく汚らわしくて、皮膚と筋肉の間に数百匹の、そう、みみずに似た生物がうごめいている感じ、そんな気持ち悪さ、味わった。でもやはり、快感を得ているときの気持ち悪さは格別で、あぁ、どうしてもどうしようもない。
僕が、昔のあの人に似ていると言うだけの理由、で、彼女を好きになったと言うのなら、彼女に渡した指輪はあの人に捧げたものと、もしかすると同じものを捧げていたのかもしれないなんて考えるのだけれど、でもかけがえのない彼女に渡した指輪はまるでシンプルな、飾りっけのないものだった。だって、あの人は派手好きだったけど、彼女はシンプルなものが好きなのだ。あぁ、そうだ、それだ。その違いさえも僕は愛している。あれ? その違いを愛しているのなら僕は彼女の何を愛しているのだろう? うん、僕、泣きそうなんだ、けれど。
あぁ、そうだ。彼女に気に入られるためにこうして格好をつけているのだ。そう、それが愛の証明、なんだけれど、否定されたそれは味気なくて、気持ちがいいものではなかった。あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、ため息ばかりついて、僕は思い出を撫でていく。未練だろうか、そうさ、そのとおり、でも、これも自虐なんだぜ。まるで気持ち悪い。
大好きとだけ言わせてくれればいいんだ。それだけ許可してくれるのなら、気持ちだけは貴方の隣に居られるんだ。でもちょっと待てよ、義務を許可してもらって僕はいったいどうするつもりなんだろう? どうもしない、のさ、と誰かが言った。そのとおりかもしれなかったけど、それは認めたくなかった、のさ。
きらめくガラス瓶を机に置いて、僕は彼女の部屋を出ることにした。彼女の隣に居る価値がない人間だ、と自分で思ったつもりになって悦に入ったからだ。悲劇を演じる快感、あじわうのだ。泣きそうな顔になりながら、僕は自分のあまりの格好の悪さを笑って、それを気持ちよく思っている自分に、酷く、本当に酷く、失望、した。
ビンの下に置いた手紙には「ありがとう」と書き残してきた。別れのセリフにはまるでなっていないだろうから、三日後にまた彼女の部屋へ、行こうと思った。