しばらくしたあとで

ね、貴方が少しでも汚いものに触れることが出来ないなら、僕が可愛い羊の皮をかぶって会いに行くことが出来たのに。貴方はその時点で変に完成してしまっていたから、僕のつむぐ言葉を僕と同じ次元で解釈して、そう、それは嬉しかった、でも、それは貴方には刃物になりすぎたんだ。ただでさえ強い貴方に、不恰好で巨大な銃なんか渡してしまった。もしかしたらそれは鍵だったのかもしれないけど、殴ったのだから同じ事。ぐんぐんと加速して落ちていく物語を拾い続けながら、貴方は笑って、大丈夫、といった。大丈夫じゃない! とまってくれ! だから、それだけでいい! 懇願する言葉も届かず、笑いながら穴に入る貴方にただ僕は首から下げた金属片を必死に手渡すことしか出来なかったんだ。ねぇ、わかりますか、僕の言葉、もう届かないのかもしれないと信じて、あぁ、つまりは少しは届くのではないかと信じてしまっている。意味のわからないケチな欲望、抱えて僕は貴方を待っている。誰が貴方を駄目にした? もうそんなこと、わかっているはずなのにまだ穴にポケットの中のもの、落とし続けている。
少し、感傷に浸らせてくれないか。ぐんぐんと、心臓にワインと溶けたチョコレートが流れ込む。こんなにも甘い液体なら、もう少し前にすすっておけばよかった、なんて。とりとめもなくペーソス、あふれて、涙なんてものを忘れた貴方のことをやはり思ってしまう。駄目だ、もう諦めたんだ、捨てたんだ、貴方のことは! 戻ってくるな! どこか、へ。どこか遠く、へ。無駄なこと、信じようとする。すべてそのまま、僕、という主語が作り出す他動詞。部屋中滅茶苦茶になってから、時計を首にかけたテディベアがないのに気づいた、のだった。
見渡す限り、人、人、人。吐き気がする。頭が痛くなってきた。そんなことも言っていたはずだ。だから貴方は人の居るところには居ない。僕も人だ、多分。だったらそうだ、僕が羊の皮をかぶって、あぁ! 結局堂々巡りしている。意味を求めるな、頭の中に極彩色の世界を描け、そこで貴方は一人だけモノクロームで、さびしそうで、さびしい? そう見えるのも僕が悪い。全部僕が悪い。全部が全部全部全部全部全部全部! 全部全部!
気がつけば貴方が隣に居て、笑いかけてくれていた。安心、安全、得たもの、すべて話して聞かせる。全部嘘だったんだ。今までの物語、ワイングラスの中で小躍りしていたトナカイも、もう眠ってしまったんだ、そんな幻想捨てちまえよ。まだ肩を支えてもらっている。いつか一人で立てたときのために、ひとつだけとっておきの話を胸に秘めている。ありがとう、僕の大好きな貴方。あぁ、それでもまだ僕は幻想の中に居る。
都合のいい芝居ならもうやめてくれ。幕は上がりっぱなしで閉まらないけど、限度はとっくに過ぎてるんだぜ、自分にそう告げながらやはり僕はゆったりと生きている。死ぬなんてこと、考えたことは今まで一度もない。だって。そんな言葉、いまは使えないほどだけど、その理由は心に突き刺さってるのだから。キスを、内臓をえぐるほどのキスを、僕におくれよ!